MESSAGE

代表メッセージ

代表社員 𠮷村 徳男
TOKUO
YOSHIMURA

CEO/代表社員

𠮷村 徳男

「協心」という生き方

大学を卒業した私は、将来どのような人生を歩むべきか分からず、その答えを探すためブラジルへ渡りました。

世界最大の日系社会で日本語教師として働く中、人生を変える一人の恩師と出会います。
恩師は毎晩のように、私へ問いを投げかけました。

「人生とは何か。」
「教育とは何か。」
「国家とは何か。」

当時22歳だった私は、その問いに何一つ答えることができませんでした。何のためにこんな話を聞かされ続けるのか分からず、反発したこともあります。

しかし、その時間は、私の人生の土台となる価値観を育てる時間でもありました。
その後、恩師は突然この世を去りました。

もっと真剣に話を聞いておけばよかった。
もっと多くのことを教わりたかった。

その後悔は、今も私の心に残っています。

しかし同時に、恩師が誰よりも真剣に日本という国の未来を思い続けていたことを、私は改めて深く感じました。

その姿に触れた私は、「この人が願っていた日本の未来に、自分も何か貢献できる人生を送りたい」と強く思うようになりました。

そのとき、恩師から教わり、私の心に残っていた言葉が二つありました。
「傍楽(はたらく)」と「協心」です。

「はたらく」とは、傍(はた)を楽にすること。
そして「協心」とは、立場や役割を超え、同じ目的のために心を重ねること。

恩師は、この精神は日本が大切にしてきた心であり、未来を切り拓いていくために必要な考え方なのだと教えてくれました。

私は、その言葉をブラジルの日系社会で生きる人々の姿を通して実感しました。
異国の地で互いに支え合い、力を合わせながら地域を築いていく。その姿は、まさに「協心」という生き方そのものでした。

だからこそ私は、日本の未来に貢献する方法として、「はたらく」を支える道を選びました。
はたらく人が力を発揮し、企業が成長する。その積み重ねが地域を支え、日本の未来につながっていく。
その役割を担う仕事として、社会保険労務士という国家資格の道へ進みました。

そして、この法人の前身となる事務所に入所して、不思議なご縁がありました。
そこでの理事長もまた、「協心」という言葉を大切にされていたのです。

人生の節目ごとに、この言葉と出会い直してきた私は、法人の設立にあたり、「協心」という名称以外は考えられませんでした。
「協心」という生き方を、自分自身の人生で実践し続けたい。この社名にはその思いが込められています。

私にとって社会保険労務士という仕事は目的ではありません。
日本の未来に貢献するための、一つの手段です。

私自身、まだ道半ばです。

それでも、「協心」という生き方を実践し、人と心を重ねながら、日本の未来へ少しでも貢献できる存在でありたい。
その歩みの先に、協心という組織に留まらず、顧客、社会、そして未来が笑顔になる社会があると信じています。

これからも、一歩ずつ歩み続けます。