目の前にやるべきことがあるのに、なかなか手が進まない。そんな経験は、多くの方に心当たりがあるのではないでしょうか。忙しさが重なったり、先の見えない不安を抱えたりすると、「もっとやる気を出さなければ」「気合いが足りないのかもしれない」と、自分自身を責めてしまうこともあります。
人が進めないとき、私たちはつい説得したり、強い言葉で背中を押そうとします。場面によっては必要な対応ですが、それだけで主体性や継続的な行動につながるかと問われると、少し立ち止まって考える必要があります。
では、人はどのようなときに自然と前へ進もうとするのでしょうか。強い意志や興味、使命感といった内側から湧き上がる動機が人を動かすことは、誰もが実感しているはずです。ただ、そうした気持ちは個人の内面だけで完結して生まれるものではありません。大きな影響を与えているのが、人との関係性としての環境です。誰かから期待されていること、自分の役割が明確であること、自分の行動が次につながっていると感じられること。そうした関係の中でこそ、意志や使命感は現実の行動へと結びついていきます。
ここで言う関係性とは、単に仲が良いとか、居心地が良いといったことではありません。知識や信頼、期待、役割意識、さらには組織の文化といった、目には見えないものが日々行き交い、少しずつ形づくられていく関係のことです。そこには、ときに葛藤や摩擦を感じる場面も含まれます。それでも、そうした関係の中で役割を引き受け、自分の行動が誰かや組織につながっていると実感できたとき、人は「やらなければ」ではなく、「やってみよう」という気持ちで前へ進み始めます。
集中しやすい空間や、余計な通知の少ない環境といった物理的な条件も、もちろん無視はできません。また、指示やルールによって動く「他律」が必要な場面もあります。ただ、それらは人を動かす直接の要因ではなく、関係性や内発的な動機が機能するための前提条件に過ぎません。それだけに頼り続ける組織では、判断と行動が上位者に集中し、現場が止まりやすくなります。
関係性の中で役割や期待が共有され、自分の行動が組織全体にどう影響するのかが見える状態。その中でこそ、結果として「自律」に近い行動が生まれます。自律は個人の資質ではなく、組織の設計と日々の関わり方によって引き出されるものです。
人を変えようとするのではなく、行動が生まれる環境を整える。誰かを奮い立たせるのではなく、役割と関係性が噛み合う場をつくる。その積み重ねが、現場の判断力を育て、組織全体の推進力を高めます。経営とは、人のやる気を管理することではなく、行動が生まれ続ける構造をつくることではないでしょうか。
福岡オフィス所長 城戸 康行