真剣に教わるということ

支店長コラム

 趣味で続けているサックス演奏ですが、実は来年の1月にプロの方々とステージに上がり私の「デビューライブ」をする機会を頂きました。晴れ舞台まであまり時間がありません。今のうちからライブ当日に向けて気持ちは焦るばかりの日々を過ごしています。

 先日、プライベートレッスンで教わっている先生にもライブをすることを伝えたところ、その日から指導の厳しさが増しました。もちろん先生としても1月のデビューライブで良い演奏が出来るように(あるいは恥をかかないように)と考えてくださったのでしょう。厳しいこともたくさん言われ、普段とは違う指導の迫力に、思わず音を上げそうになりました。

 コテンパンに指導され、自分の不甲斐なさにうなだれて帰宅する最中、ふと「これほど真剣に教わる機会」というものが、自分の周りから消えてしまっていることに気付きました。

 学生時代はもちろん、社会人になってからでも先輩や上司から厳しく指導されたり教わったりしたものですが、長く勤めていることで社内での立場も変化し、次第に上司が減っていき後輩や部下が増えるわけです。そうすると自分の身の回りに「真剣になって教えてくれる人」が誰もいないということになります。そうなると自分で考えて自分でやるしかない。間違っていようが遠回りをしようが、誰も教えてくれないのですから。

そういう意味では、――楽器の演奏とはいえ――私のことを考え、真剣に指導してくださる先生がいるということがいかに有り難いことかを再認識しました。

仕事の上では、もはや何もかも教わる立場でないことは間違いないのですが、決して裸の王様にだけはならないよう、普段から周囲の意見に耳を澄ませ、謙虚に教えを乞うようにしたいと改めて感じた出来事でした。


 

兵庫支店長 増尾 倫能