郷中教育

支店長コラム

 今年の大河ドラマ「西郷どん」が好評のうちに終了しました。幕末から明治にかけて、徳川幕府から明治新政府へと統治の仕組みをスクラップ&ビルドした西郷隆盛・大久保利通の活躍に、胸を躍らせた方も多いのではないでしょうか。破壊と創造の両雄といわれた2人ですが、破壊の西郷と創造の大久保、どちらを欠いても明治新政府の樹立はあり得ず、日本が同時代にこの2人を持ち得たことが本当に奇跡としか思えません。
 
 西郷・大久保は同じ鹿児島県の加治屋町出身で、実家は150mほどしか離れていません。同時代で実質上日本の代表的存在であったこの2人が、同じ地方の小さな町から輩出されているのです。実はこの2人だけではなく、その後も加治屋町からは歴史的偉人が続出しています。もちろん各人が人物的に優れていたということもあるでしょうが、しかしここまで同じ時期にこれほどの偉人が同じ地域に生まれるということは、偶然とは思えません。
 
 その理由の一つとして、郷中教育と呼ばれる薩摩藩独自の教育方法が注目されています。その仕組みを簡単にいうと、各地域で青少年をある程度の年齢ごとにグループを分けて、自分達だけで学習・運営をさせます。具体的には、1人ずつ議題を上げて、それについて皆で議論(ディベート)をします。「日本をどうやって異国の侵略から守るか」という大きな議題から、「なぜ弱い者いじめをしてはいけないのか」というものまで、様々です。そこに明確な解はなく、また教師なき教育とでも言いましょうか、自らが教師となり生徒となるのがこの教育の特徴です。西郷・大久保はこういう環境で、時に異論を言い合い、時に励まし合いながら、切磋琢磨してお互いを高めていったのでしょうね。
 
 人材育成の一番の目的は「考える力」を伸ばすことだと考えます。教師から生徒へ、あるいは上司から部下へ一方通行的に知識やテクニックを伝えることは教育とは呼べません。特に今の時代、ググれば簡単にそれらは手に入りますから。この変化の激しい時代に解のない問題に立ち向かっていくためには、議論を重ね、思考を尽くし、ベストな選択枝をつくる、これに尽きるかと思います。そこで必要なのは、活発に意見交換できる環境・高め合える仲間。郷中教育のその在り方は、大いに参考になるのではないでしょうか。
 
 さて、西郷と大久保。最終的には悲しい結末が用意されていましたが、それすらも2人の打ち合わせではなかったかと思えるほど、歴史的視野で見れば必要であったでしょう。本当の明治時代を見据えた、2人の最後の施策。最後まで双方に私心はなく、また志を失わない魂の強さがありました。尊敬するだけではなく見習わなければと感じる今日この頃です。

 

大阪支店長 吉村 徳男