同一労働同一賃金

支店長コラム

 10年以上前の話ですが、私がブラジルで日本語教師をしていた時のことです。授業中にテンションの高い数人の生徒がごみ箱をひっくり返して打楽器にして遊んでいました。当然に私は叱り、げんこつを食らわせ、生徒達に散らばったゴミを集めさせ、きれいに清掃させました。案の定、その日の放課後、その生徒達の親御さんが学校に集結しました。私も半ば想定したので驚くことはなかったのですが、親御さん達が言い放った次の言葉に驚きました。「うちの子になんてことをさせるの!」まさかの、殴ったことではなく「掃除」をさせたことに怒り、抗議に来たのでした。
 

 これが同一労働同一賃金の根っこです。同じ仕事に同じ賃金を支払う、その制度の前提として、欧米諸国ではまず「仕事」がきっちりと定義され、区分けされています。掃除をするのは、掃除を生業とする人。ですから、掃除をする人がいるのになんで子供にさせるんだ!(この場合、多分に侮蔑的な意味合いが含まれている)となるわけです。小学生の頃からクラスメートと一緒に教室を掃除することが当たり前であった私からすれば、この経験は衝撃的で、これによって日本の特殊性を自覚したものです。
 

 日本では年齢をはじめとする「人」に賃金が紐づいているのに対し、欧米諸国では「仕事」に賃金が紐づいています。ですから、日本人に職務内容の詳細を聞くと、様々な雑務が入り混じっています。一方、欧米企業のそれは明確で、何が求められていてどうすればよいかということが描きやすいと言えますし、それに紐づく賃金説明も明確にできます。外国人の方を日本で雇用すればよく分かりますが、彼らにまず聞かれる「どうやったら賃金が上がりますか?」の問いに答えられる日本企業は、現状では少ないでしょう。それだけ、未だに不明確な(年齢的な)賃金設計をしているところがほとんどです。ですから、同一労働同一賃金を達成しようとすると、まずは職務分析から始まり、職務基準書の作成、職務権限規程の作成、職務評価の構築、そして「職能給」から「職務給」への賃金制度変更という手順になるでしょうか。
 

 これらのノウハウは、やはり欧米諸国に一日の長があり、移民と多様性で成り立っている欧米諸国の職務給の歴史から学べることは多いと思います。島国で、和を以て貴しとなす日本ではこれまであまりなじみはありませんでしたが、これからの社会動向をふまえれば、合理性の追求が必要な時代になってくるのは間違いありません。ただし、制度導入には多くの労力と混乱を招くことになるので、いかにソフトランディングさせるかが要点になってきます。効率化や明確化を基本姿勢としつつも、絶対解ではないので、そこは業種や業界・社会情勢等をふまえた上で、最適な制度設計を目指しています。
 

 上記と矛盾するようですが、私自身は日本的な考え方を愛してやみません。仕事を明確に区分けすると、ワールドカップ観戦後の日本人の「来た時よりもきれいにして帰る」精神は、決して見られなかったでしょう。職務の在り方は時代とともに変化していったとしても、文化や国民気質としての大和魂は失いたくないと思っています。また、これからの時代はそんな精神がより求められる気がします。
 

大阪支店長 吉村 徳男