常識

支店長コラム

  常識のある人、常識のある行動・言動、非常識な人、非常識な考え、etc.

 「常識」の意味を調べると次のように書いてあります。
社会を構成する者が有していて当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと。また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。(Wikipediaより)

 私は常識には二種類あると思っています。
ひとつは法的に拘束されている常識。人を殺めてはいけない、人のものを盗んではいけない等、これらは幼少期から当然のように植えつけられてきた「常識」であり、人が人として生まれてきた以上、理屈抜きで守らなければならないものです。

 もうひとつは、これまで歩んできた人生における経験から培われた常識。これは時としてやっかいです。なにせ本当の意味で正解がないから。人と人とが衝突する理由は、意見の食い違いや考え方の違いによるものがほとんどです。この「相違」は、その人の持つ常識が相手にとって常識ではない場合に起こります(逆もまたしかり)。先に述べたように法律で定められたものであれば答えは決まっていますが、こちらの場合は完全な正解はありませんので、お互いが譲歩しない限り、また理解し合わない限り解決しません。

 そういう意味でも、自分の常識外の考え方を突きつけられた時にどう振る舞うかでその人の寛大さが図れるのかもしれません。①間髪いれずに拒絶するのか、②ありえないと切り捨てるのか、③逆に一旦飲み込んで理解しようと努めるのか、④無条件で受け入れるのか。
理想はやっぱり③でしょう。そう簡単なことではないですし、私にとっても取り組むべき重要な課題のひとつとなっています。

 プライベートやビジネスにおいて、程度は様々であれ衝突は付き物です。その時に「頑張る」のは、「相手の立場に立つ」のは、「理解しようとする」のは、「どちらか」ではなく「どちらも」です。この仕事していると、いろいろなトラブルに遭遇します。法律法律法律法律・・・と法律論を振りかざしたところで抜本的な解決には繋がらないこともイヤと言うほど経験してきました。もちろん精神論だけではどうにもならないことも多いですが、それでも無機質な時代だからこそ人間臭さを大切にしていきたいものです。

福岡支店長 城戸 康行