今年も夏休みが終わりをむかえようとしています。もちろん、私のことではなく私の子供達の夏休みです。夏休みといえば海に花火に夏祭り。そして忘れてならないのが宿題です。皆さんも夏休みの宿題にはエピソードの一つや二つ必ずあるのではないでしょうか。

 

 大人になり、あらためて夏休みの宿題の中でも強敵だと思うのが、自由研究です。子供の頃、悩みながら題材を探し試行錯誤してなんとか終わらせたという方も多いのではないでしょうか。特に小学生の低学年では、そもそもどのように進めたら良いかがわからないので、親のサポートが必要になります。

 

 しかし、大人には長い夏休みはないので、結果、“時短でできる”自由研究を求めて、これ面白そうじゃない??と、あたかも子供が選んで取り組んだというアリバイを作って自由研究を完成させようとしてしまいます。ネットには学年別の自由研究マニュアルとして多くの情報があり、大きなスーパーなどにはさまざまな“自由研究キット“なるものが売られていて、まさに自由研究をサポートする親向けの商品として陳列されています。

 

 大人になり自由に研究する機会が減って、どこかで仕事と同じように、「効率よく仕上げて、周りの人と遜色なく並び、恥をかくことがなければ合格」と考えてしまっているのだと思います。かくいう私も、昨年までは強度のサポートをしてしまっていました。

 

 しかし、何かが引っかかる。果たして親がこれほどサポートして良いものか。そもそも、それで完成させた自由研究に意味があるのだろうか…

 

 自由研究とは、題材や方法は指定されず、子供たちが自分の好きなことを突き詰めて研究するという経験のこと。一番大切なのは、研究の結果ではなく何に関心を持ちどのような題目を発見できたかだと思います。

 

 これは仕事においても同じなのではないかと最近ひしひしと感じます。特に我々のような仕事では、顧客の課題を発見できるかという能力が非常に求められる時代になりました。課題を発見できる能力がなかったとしても、顧客の課題を発見するために顧客を研究することは重要な仕事なのだ、ということを認識して仕事をしていきたいと思う今日この頃です。

 

 余談ですが、わたしの息子が今年取り組んだ自由研究は、“丈夫な斧を家にある廃材でつくるには“といったほぼ工作に近いものとなりました。本当にこれで良いのかという不安はぬぐいきれませんが、のめり込むように熱心に取り組んだ経験は何物にも代えがたい夏の思い出になったのかなと思います。

 

 東京支店長 白倉 玄